2003年10月03日
◯理事(井坂信彦)
マスタープランのことについてお伺いいたします。
午前中の市長のご答弁の中で,
少子・高齢化は人口減少を伴った大きな流れであるというお話がありました。
そのお話は,その認識は,私は極めて常識的だと思うわけですけれども,
ただ市長のそういった答弁とは裏腹に,
一方でこちらのマスタープランというのがやはり厳然として
今神戸市の政治の中に残っている。
2010年に神戸市の人口は 170万人になるのだというこのマスタープランを,
この 170万人という人口を信じている人,
一体役所に何人残っているのかというふうに思うわけです。
にもかかわらず,上下水道あるいは新都市整備など,そういった会計の議論の中で,
時々この 170万人という亡霊のような数字が頭をもたげてきて,
投資を抑制しないという言い訳にこれまで使われてきた。
先ほど議事録を検索して「マスタープラン」と入れてみましたら,
本当にどの決算──毎年毎年,決算の中で,
マスタープランはこうですからという話が毎年繰り返されている。
私は,このマスタープランの話,2010年に 170万人という,
これをせめて人口の予測あるいは計画だけでも
下方修正すべき時期に来ているのではないかと思うわけです。
マスタープラン全体を今から練り直せと言っているのでは全然なくて,
ただ 170万人という,もう現実離れしていると私は思っていますけれども,
この数字を下方修正することは何ら恥じることはないのではないかと思うわけですが,
下方修正についてお伺いしたいと思います。
◯矢田市長
これは人口の1つの設定というのは,まちをどうつくっていくかという,
これは長期の1つの目標値をいわば設定しておるわけでありまして,
そういう中で,地震以前の段階でマスタープランの作業をいたしております。
そのときに人口の最高限の容量というものを考えたわけでありまして,
こういった都市の容量として一体どこまでのキャパがあるのかということをはかりました。
それが 170万でございまして,
現実にこの都市として実際の適正な人口というものが
一体どうなのかということを考えましたときに,
神戸の 550平方キロの市域の中で,
そして市街地と他のニュータウンの地域あるいは農村地域,
そういうところとのさまざまなんいろんな目標設定をした内容を定めておりますので,
そこでこの内容を1つ1つ踏まえていきますと,
私はやはり個々の状況というものの変化というのはこれはもう当然出てくると思います。
しかし,目標値としてのそういうものを定めておくことは
必要だというふうに考えてございますので,
そのように今少しつけ加えさせていただきました。
◯矢田市長
先ほどマスタープランの人口について,
私は都市容量 170万というふうにちょっと申し上げましたが,
これは 180万で容量を決めておりますので,ちょっとその辺私,
取り違えがありましたので,これはお詫びをいたしたいと思います。
◯理事(井坂信彦)
さすがに局長がすぐに気付きはったのでよかったのですけれども,
マスタープラン 170万というのは,最後に訂正されたように,
決してここまでいく伸び代があるよというようなそういう数字でなくて,
当時はもう目標──目標というか,もうむしろ推計値,
これぐらいまで伸びるだろうというぐらいの数字で出しておった数字のはずなのですね。
ところが,実際もうここまで来て,現実にそういうふうには伸びていないという中で,
果たして──私は疑問に思いますのは, 170万という数字を何か大事にとっておいて,
何か神戸市のこういう経営にプラスになることがあるのかどうかということなのです。
あるいは逆に言えば,こういう数字を途中で,人口 170万というのを,
例えば10万・15万減らして 160万・ 150万というふうに下方修正することに
何か問題があるのかというふうに疑問に思うわけですけれども,
その点についてまずお伺いしたいと思います。
◯矢田市長
まず,マスタープランの計画人口の下方修正という点についてでありますが,
これ実際に使っておりますのが,現在は水道の事業の水需要予測,
それから介護保険制度の高齢者の人口推計,
こういった点で推計値のデータとして使ったことがございますけれども,
その他の事業につきましては,これは人口という要件ではなくて,
個々具体的にそのときの状況等で柔軟に対応していくという形をとっておりますので,
これは1つの,まさに先ほど来申し上げております都市が持つべき容量,
これは非常に重要な事項でございまして,実は水の問題だけではありません。
例えばこれは前市長がよく言われたのでありますが,
廃棄物の容量が実は都市というものの大きさを
構成するのだというふうによくおっしゃいました。
考えてみますと,やはり廃棄物の処理ができないような状況の仮に環境に置かれる,
あるいはそういう点でよそに運び出さなければいけないということであれば,
自立した都市ではございません。
そういう点で,やはり都市の容量というものをわきまえて,
その中で市民としての最適の生活ができるような,
その範囲を設定すべきだということで都市容量というものが定まっていった
経緯がございますので,そういう点でこのマスタープランの中では,
非常に私どもが重要な要素としてこれを扱ってきたという経緯はございます。
ですから,この中で事実上計測の数値として用いたものは,
今申し上げたような点に限っておりますので,
その辺少しご説明が漏れておりましたので,申し上げておきたいと思います。
◯理事(井坂信彦)
市長,マスタープランの件で,都市容量の 180万と,
当時の予定推計値としての 170万をやや混同されているのではないかと
私は感じるのですけれども,やはり当時立てられた 170万というのは,
本当にこの数字に2010年になるよという数字です。
それで,市長がさっき答弁でくださったごみとか上下水道で,
やっぱり最大これぐらいに伸びたときには対応せなあかんという意味での都市容量の
180万とは,やはり似て非なる数字だと私は思っておりますし,
だから2種類ちゃんとマスタープランに大きく表示されているのではないか。
で, 180万は 180万で,私はそれでいいと思うのですけれども,
一方の 170万がそろそろ見直しの時期ではないか。
例えば,第1次マスタープランも,
目標年次が1995年だったにもかかわらず1976年に見直しがされている。
第2次も,2001年を目標に立てられたのに1986年に見直しがされている。
第3次マスタープランも,2001年までの計画だったのに
1995年には見直しされていると,
マスタープラン,別に最後までいかずに途中でまた新しいのを
上から塗りかえるというのは,
これまですべてのマスタープランにされてきていて,
全然恥ずかしいことでも何でもないですし,
まして数字の一部を下方修正するということは,私はこれはもう,
こういうことをしないと逆におっしゃった上下水道だとか
新都市もそうだと思いますけれども,各局長の答弁がマスタープランの話になると,
私は聞いていてもやや苦しい話やなと感じるわけです。
170万になってもいいように,上をにらみつつ現実の投資は抑えながら,
かといっていつでもそっちへいけるように準備しているんですみたいな,
そういうご答弁になるわけですから,各局長は非常に言うたら
ダブルスタンダードで苦しんでおられるのではないか。
これはむしろ今の神戸市の経営を,
現実を見きわめるのに足かせになっているのではないかというふうに思うわけです。
この点について,最後コメントをいただきたいと思います。
あと,最後もう1つだけ。私たちもうなれてしまっていますけど,
この議論の間に毎年 100何十億の赤字が積み上がって,累積赤字が 2,450億ですか,
この赤字,何を意味するのかということをもう1度考えますと,
これは将来世代が使うべきお金を私たちが
先に使ってしまっていることにほかならないのではないか。
毎年漫然と積み上がっているこの赤字と,将来世代への責任ということについて,
最後に市長のご見解1つだけお聞きして,もう終わりにします。
◯矢田市長
それでは,非常に簡潔にご答弁申し上げたいと思いますが,
まずこのマスタープランの内容についてでありますが,
下方修正という問題について,
混同しておるのではないかというようなお話でございますが,
別に混同もしておりません。
しかし,確かに阪神・淡路大震災という大きな出来事がございまして,
その中で実は今おっしゃいました直近のマスタープランですね,
これはもう震災の日に実は発表する予定だったものなのです。
それが,あの大震災でできなくて10月まで推移したということですから,
大震災前にこの数字的な内容を実は作業しております。
当時私もかかわりましたので,これは存じておりますけれども,
そういうような点でございますので,実際に先ほど申し上げたように,
中身そのものについて非常に強い拘束をもって
計画達成を図れというふうな形を申し上げているのではなくて,
1つのやはり都市容量という点も含めて考え方として,
その計画では水道あるいは介護保険の高齢者の推計に使ったと,
こういうふうにご理解いただきたいと思います。
それから,赤字が将来の世代に対する
負担になっていくのではないかという点でありますが,
確かにこの公債の残高という面のこの処理については,
これはきちっとした処理ができていかなければ,
次世代への転嫁というふうな形になりかねないという危惧を私も抱いておりますので,
その点については,そういうことがないように
1つ1つ着実に努力を重ねるということが大切だと,このように思っております。