初当選日記

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宴のあと、挑戦のはじまり

1999年04月12日

未明まで飲んで一眠りした後、朝の六甲道駅前へ。
選挙結果の報告と、今後の抱負を演説する。
「よく頑張ったな」「これからが本番やで」「ベテラン議員に負けるな」
通勤の皆様が次々に声をかけてくださる。
4,940票。
こんなに多くの方が応援してくださったのか。
駅前に来て、その数字の重みを実感した。
これからが本番。
今日からが挑戦。

一抹の不安、そして人生で最も派手なガッツポーズ

1999年04月11日

投票当日は選挙活動が何もできない。
それをいいことに昼過ぎまで爆睡。
不安はない。やることはやった。
この2ヶ月、迷った時にはいつも原点に戻った。
「どういう政治家なら、自分が応援したいと思うか」その理想像を思い描いて、
自分をそれに少しでも近づける毎日だった。

夕方に事務所に行くと、事務所前の歩道で焼肉をしている。
中ではスタッフの学生が友人に電話をかけ続けている。
「もう投票には行った?」と言えば選挙違反にはならないらしい。
最後の最後まで本当に頭が下がる。

投票率が思ったほど伸びないまま、午後8時に投票時間が終了。
続々と事務所にスタッフや支援者が集まってくる。
最年長のO会長から学生スタッフまで、老若男女40人。
投票所での出口調査で「いさか当選」の可能性が見えたのか、たくさんの報道陣。
この人たちに囲まれて、この場で「落選」という結果が出たらどうなるんだろう?
これまで楽観してきたが、はじめて一抹の不安が頭を持ち上げる。

開票所に行っているO隊長から電話で第一報が入る。
全員の視線が電話を受けるIくんの口元に集中する。
「・・・吉田候補400票、野尻候補400票、いさか信彦600票!」
事務所が歓声で包まれる中、テレビでも開票速報が流れる。
「・・・吉田候補400票、野尻候補400票、いさか信彦200票・・・」
???
開票所のO隊長が例によって見間違いをしたらしい。不吉。

その後もO隊長から電話で報告が入るが、もう誰も信用しない。
テレビの開票速報を見てはじめて「よっしゃ~!この調子!」と盛り上がる。
午後10時、開票率90%の時点で「当選確実」。
沸き起こる「い・さ・か」コール。
「まさか勝つとは思わんかった~っ!」を連発しながら泣き崩れるOLのUさん。
「こんなに興奮したのは久しぶりや」と顔を紅潮させる大家のTさんご夫妻。
机の上に立ち上がって、人生で最も派手なガッツポーズ。
MくんとAくんがギターを鳴らし、O隊長が「いさかソング」を熱唱。
ダルマ代わりの「くま型クッキー缶」に目入れ式。
樽職人のNさんが運んでくださった酒樽で鏡開き。

本当にたくさんの方にお世話になった。
よかった。ほっとした。
これで今日から少しずつ恩返しができる。

春の嵐

1999年04月10日

選挙最終日は大雨。
東京から、京都から、大阪から、友達や親戚が応援に来てくれて、
総勢30人ぐらいで雨の中を行進する。

夕方から六甲道駅に陣取り、最後の駅頭演説。
嵐の中、傘もささずに旗を持って立っている仲間たち、
声を枯らして通行客に頭を下げてくれる仲間たち。
あとから来た政党が、旗をどんどん立てて横取りしに来たが、撃退。
演説を繰り返しているうちに、寒さと疲れで意識は薄れ、
見かねてタオルを下さった方にも満足にお礼できず。

ラスト30分間は広場いっぱいに円陣を組んで、
真ん中の台の上で仲間がひとりずつマイクを握って感想を述べた。
その間も、一人でも多くの方に顔を覚えていただこうと、
駅から降りてくるお客様にひたすらお辞儀し続ける。
後ろから聞こえてくる仲間のコメントに、顔は涙でぼろぼろだったが、
雨のおかげで目立たなかったかも。久々に泣いた。

午後8時に全ての選挙活動が終了。
事務所に戻って、ささやかな打ち上げ。
「井坂」と書いたタスキを掛けてアフロのかつらをかぶり、
酒をラッパ飲みしながらギターを弾いて騒ぐO隊長。
事務所の前を「あれが井坂か?」という渋い顔で通り過ぎる通行人。
票が減る~。

思えばあっという間の2ヶ月間だったが、
見渡せば本当にたくさんの仲間ができたものだと思う。
これだけのタレント揃いの事務所、「ドリーム・チーム」は、二度とないだろう。
次の選挙で果たしてこんな立派に戦えるか、今から次の心配。
トップ当選を夢見て、明日は久々に寝坊できる。

妨害

1999年04月08日

昨日に引き続き水道筋商店街を練り歩くが、様子がおかしい。
いつも表に出てきて声をかけてくれるお店のご主人が、
今日は目をそらして奥に引っ込んでしまった。
昨日と同じ商店街とは思えない険悪な雰囲気。
相手陣営から悪い噂でも流されたとしか考えられない。
いよいよライバルとしてマークされ始めたのか。

山登り

1999年04月06日

今日の演説ルートは、灘区をひたすら北上。
事務所一の力持ちEくんが長さ3メートルの旗を掲げて後に続く。
六甲道、阪急六甲、六甲口、神大前を経て、午後2時に大月台のてっぺんに到着。
誰もいない崖の上から、灘区を見下ろして気持ちよく演説。
Eくんは強風の中、夜8時まで一度も旗を降ろすことなく事務所に帰還。

猿とバトン

1999年04月04日

石屋川と護国神社のお花見客の間を行列で練り歩く。
会社の先輩デザイナーIさんが猿の着ぐるみを着て参加。
子供たちに「ねずみ~、ねずみ~」と呼ばれて「猿じゃボケ!」と怒鳴り返す。
Iさん、やめてくれ~。
Yさんはプロ級のバトン・トワリングを披露。
夜、事務所に戻ると「バトンや着ぐるみで票は取れませんよ」と
有権者からの厳しいメール。

いさかソング

1999年04月03日

27日に前座で演奏してくれたMくんが、ギターで「いさかソング」を作曲。
Mくんが弾くとフォーク、Aくんが加わるとブルース。
い~さ~か~、い~さ~か~、25歳~、無所属~、
灘区か~ら、全国最年少~の議員~を、み~なさんの~手で~。(以下くりかえし)
文字にすると今ひとつピンと来ないが、C9とF9のコードが素晴らしい。

告示、いよいよ本番スタート

1999年04月02日

出陣式もなく、いつも通り六甲道駅の演説からスタート。
選挙カーには乗らず、灘区の端から端まで自分の足で歩き倒すスタイルに決めた。
Aさんおすすめの新しい靴は驚くほど軽い。
ゲーム型万歩計「ポケット・ピカチュウ」を腰につけ、ギター部隊を引き連れ、
大通りだけでなく路地裏も歩き、遠くに人影を発見すればダッシュで握手。
かなり疲れた&日焼けした。

最強の布陣

1999年03月31日

この3日間で、事務所スタッフの人数が激増。
Iさん、Nさん、Oさん、Hさん、Mさん、Yさんなど女子大生が多数。
それにつられて(ゴメン!)Aくん、Mくん、Kくん、Mくん、Mくんなど男前も多数。
20人前後が事務所に出入りして、1週間前の静寂が嘘のよう。
まつりの雰囲気が日に日に高まる。

戦略会議

1999年03月29日

いさか事務所には、地元に詳しい人が案外少なかったりする。
そこに心強い助っ人Nさんが現れた。
「このスーパーは何時ごろに人通りが多くなる」といった情報をもとに
Aさんと演説スポットなどを細かく打ち合わせ。
やっと選挙事務所らしくなってきた。

電話かけまくり

1999年03月28日

昨日の誕生会の陰の目的である、リクルート活動。
参加者名簿に片っ端から電話をかけ、次々と事務所に来てもらう約束をとる。
選挙は見知らぬ人々にお願いをすることの連続で、
それは同時に、知り合いが物凄い勢いで増えていくことでもある。

史上最大の誕生会

1999年03月27日

御影のイタリア料理屋で、25歳の「被選挙権取得記念パーティー」。
もと同僚のS君が、その顔の広さで友達を60人ぐらい連れてきてくれて、
会場の準備はY社長、進行の段取りはAさんがすべてして下さった。
最年少芥川賞作家のH君が、バンド仲間として応援に来てくれて、
一緒にエリック・クラプトンの「Change the World」を演奏。

最後は、ガンジーの「塩の行進」の話をした。
イギリス政府の塩の買占め・ぼったくりに怒ったガンジーが、
ある日ひとりで黙々と海に向かって歩き始め、
やがてそれに共感して一緒に歩く人が一人、二人と増え、
海に着く頃には何万人もの行進となり、イギリス政府を揺り動かした話。

S君の「い!さ!か!ダ~ッ!」のコールでシメ。
最高の誕生会だったが、そのあと事務所で飲みすぎて久々にダウン。

No Music, No Life.

1999年03月26日

高校の親友Hが秋田から雪の北陸道をバイクで駆けつける。
明日の誕生会の出し物として、一緒にバンド演奏をすることに。
2時間だけスタジオを借りて、O隊長と3人で即席の練習。
やはり音楽はいい。実にいい。

商店街飛び込み営業

1999年03月24日

女子大生Hさんと一緒に、商店街を1軒1軒飛び込み営業。
「あんたが候補者!?」と90%ぐらいの確率で驚かれ、
「ほな、あんたが嫁はんか!?」と55%ぐらいの確率でHさんが誤解される。

鶴甲夜攻め

1999年03月21日

山の中腹にある鶴甲団地で、深夜のポスティング大会。
1本の階段に左右2軒ずつしかドアがない、5階建てのオールドタイプ住宅。
1階の集合ポストに入れたい気持ちを抑えて、ひとつひとつ5階まで上る。
ポスティンガーにとって最も過酷な構造設計。
団地ごとに競争しながら、なんとか終了。

郵便局のIさん

1999年03月19日

近所の灘郵便局に勤めるIさんが、事務所に応援に来てくださる。
郵便局内でも「駅前で朝晩演説している若者」のことが話題になっているらしい。
影響は想像を超えた速さで広がっている。

傲慢

1999年03月18日

神戸空港反対運動をしている活動家の長老と面会。
「灘区は空港反対の議員がたくさん出るから、西区に移ってはどうか?」
という傲慢極まりないご提案。
候補者を駒にチェスを指すような、陰のフィクサー気取りか。
「助言も支援も不要」と丁重にお断りする。

ボランチ

1999年03月15日

弟のKが筑波から来神。
サッカーで鍛えた足で、毎日ポスティングを手伝ってくれることに。
名刺の肩書きは「ボランチ」。

初心

1999年03月14日

北野で商業ビルを経営しておられるK社長。
「初心を忘れず、粘り強く」と穏やかな口調でご指導いただく。
会う人、会う人に「初心」を言われるのは、
今いる政治家がそれだけ初心を忘れていることの証拠だ。

経験者は眼で語る

1999年03月13日

前回最年少のY横浜市議を手伝っていた、HさんとMさんが応援に来て下さる。
タスキも手袋もなしで駅前に立っていたら、早急に入手するよう言われる。
「ヤル気あるんか?(怒)」とその眼は語っていた。

写真入り名刺

1999年03月10日

近所の印刷屋に頼んでいた名刺が完成。
白黒ながら、写真入りの名刺を持つのは人生で初めて。
こちらが全国最年少の候補者なら、
元同僚のIくんも恐らく全国最年少の「事務局長」か。

ラジオ出演

1999年03月08日

W先生が番組を持っていらっしゃる、西宮のコミュニティーFMに出演させていただく。
同伴したO隊長が「ギターの弾き語りをしたい」と藤井フミヤを歌い出したは良いが、
何と途中で歌詞を完全に忘れてしまった。
公共の電波に乗せて、中途半端なギターと自信なさげなハミング。

上には上が

1999年03月07日

後援会長は断られたものの(というより後援会そのものが存在しない)、
O会長には連日いろいろな方をご紹介いただいている。
中でもお世話になっているのがUさん。
O会長よりさらに10歳年上で、さらにお元気で、若い女性に目がない(笑)

市政記者室で写真撮影

1999年03月05日

市役所に行き、立候補のとき新聞紙面に載せてもらう写真を撮ってもらった。
各陣営の候補者が順番にやって来て、緊張感がいやでも高まる。
しかし、ハッキリ言って他陣営はみんなパッとしない。
・・・とお互いが思ってるんだろうな。

オフィス華やぐ

1999年03月03日

W先生のフラワーアレンジ教室の生徒YさんとMさんが、
毎日交代で事務所に来てくれる。
男4人のむさ苦しさが一気に解消。
iMacや観葉植物もならび、選挙事務所らしからぬ美しさ。
組織も推薦もない、隠すものが何もない、国道沿いガラス張りのオフィス。

久々のごちそう

1999年03月02日

駅で声をかけてくださった、フラワーアレンジのW先生に、
手作りの夕食をご馳走になった。
コンビニ弁当が続いていたので、久々に栄養を摂った感じ。

初取材

1999年03月01日

朝日新聞の記者の方が、事務所まで取材に来てくださる。
なるべく丁寧に、冷静に話したつもりだが、実はかなり緊張した。
ただし、選挙前に特定の候補者が実名で記事に出ることはないらしい。
記事になれば、一発で名前が広まるのに、ちょっと残念。

O会長と出会う

1999年02月25日

Y社長のご紹介で、京大の大先輩にもあたるO会長とお会いする。
70歳とは思えないお元気さ。後援会長を断られる。
前回最年少のY横浜市議は、夜遅くまで説得して地元の有力者に後援会長を
引き受けてもらったそうだが、自分にはそこまでの情熱や人徳がないのか?

ビラ完成

1999年02月23日

パソコンの得意な元同僚のIくんがビラを作ってくれた。なかなかのセンス。
さっそくO隊長に駅前で配ってもらうが、なかなか受け取ってもらえない。

事務所開き

1999年02月20日

飲み友達のYさんが、会社の友達を連れて本格中華を作ってくれた。
先週は看護婦Tさんが友達とたこ焼きを作ってくれたし、
O隊長は「毎週この調子で女の子を呼ぼう」とご機嫌。
毎日朝から晩までただ働きをしてもらっているし、それが彼の唯一の楽しみか。

事務所GET!

1999年02月19日

事務所の値段が折り合わず、大家のTさんに断りに行ったら、
「お金のことが理由でせっかくのご縁がフイになるのも寂しいから・・・」と、
ご厚意で貸してくださることに。灘の下町らしい人情に感動。
選挙は借りを作ることの連続で、「この人のためにも負けられない」という気持ちが、
しかし時には、候補者を間違った方向に導くのかもしれない。

O参上

1999年02月15日

東京の実家に戻り、高校時代の友人O隊長を拉致してきた。
選挙の手伝いを電話1本でO.K.してくれた、やさしく思い切りの良い男。
神戸に帰ってくると、AさんとIくんが部屋で飲んでいて、
その夜は6畳のワンルームに身長180cmのオトコ4人が雑魚寝。
Aさんがずっと探してくださっているものの、事務所は未だ決まらず。

バレンタインチョコ

1999年02月13日

演説中にバレンタインチョコをもらった。
めちゃくちゃ好みのタイプやったのに、名前や連絡先を聞けず。
普段ならもっと話をつなぐべきところであり、早くも政治家のつらさ満喫。
政治家にも恋愛の自由を。

ポスターの写真撮影

1999年02月11日

Y社長の紹介で、朝から選挙ポスター用の写真撮影。
昨晩3時まで飲んでいたので顔色悪い上に、
前の会社が私服だったため、まともなスーツを持っていない。
カラーコーディネートの専門家であるY社長に怒られる。

十六長屋

1999年02月10日

元上司のAさん、元同僚のIくん、Aさんの知り合いの女性社長Yさんと、
4人で三宮の「十六長屋」で飲む。Y社長は熱燗を飲んでノリノリ。
選挙を手伝ってくださる事になった。

缶コーヒー

1999年02月09日

晩の演説の最中に、通りがかりの姉さんが缶コーヒーを下さった。
寒さと感動のあまり、上手く舌が回らず。
見知らぬ人から物をもらうのって、もしかして初めてかも。

駅頭演説スタート

1999年02月08日

前の晩に3時間考えた原稿をチラチラ見ながら、いよいよ駅頭演説スタート。
聞いてくれる人がいないどころか、ほとんど奇人変人あつかい。
身も心も、寒い。

ギターアンプ

1999年02月07日

大阪・日本橋にマイクとスピーカーを買いに行く。
いわゆる政治家らしいメガホン型スピーカーではなく、
Pignoseの小型ギターアンプを楽器店にて購入。
茶色の革張りで、めちゃ格好いい。ディストーション機能つき。

天のお告げ

1999年02月04日

元・上司のAさんから電話。「毎朝、毎晩、駅前に立ち続ければ、絶対勝てる」と
知り合いの国会議員秘書がアドバイスを下さったそうな。
出来るかどうか、ハッキリ言って不安。現に今、寝込んでるわけやし。

インフルエンザ

1999年02月01日

今日から無職。すぐに選挙準備に取り掛かろうと思ったら、インフルエンザに。
2年間の激務の疲れか、まさか気が緩んだのか?


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