暴力に頼る私たち
2007年04月18日
長崎市長、銃撃され心肺停止 - yomiuri online
17日午後7時52分ごろ、長崎市の伊藤一長(いっちょう)市長(61)が、JR長崎駅前にある同市大黒町の選挙事務所前で、男に銃撃された。市長は救急車で市内の長崎大医学部・歯学部付属病院に運ばれたが、心肺停止の状態。直後に事務所員が犯人と見られる中年の男を取り押さえ、長崎県警が、男を殺人未遂の現行犯で逮捕した。県警によると、男は長崎市風頭町、指定暴力団山口組系水心会会長代行、城尾哲弥容疑者(59)。
「震災当時は山口組にホンマ助けられた。
食糧やお風呂をどんどん提供してくれてなぁ。
役所よりも山口組のほうが頼りになるで。」
震災当時の数あるエピソードの中で、上記の話だけは、私はハッキリ反論します。
「その食糧やお風呂のお金の出どころについて考えたことがありますか?
暴力団員たちが深夜のローソンで真面目に働いて貯めたお金ですか?
弱い者たちを暴力で脅して奪ったお金で食糧を配る行為の
どこが偉くて、どこが頼りになるのですか?」
神戸、そして日本には、まだまだ暴力団を「必要悪」「頼りになる」と考えている人が多いようです。
そういう小さな“寛容”の積み重ねが、長崎市長の銃撃事件に繋がっているのではないでしょうか?
「政治を本当に動かそうと思ったら、ヤクザとも上手くつきあっていかなきゃダメだ」と言う人がいます。
「戦争も外交の一手段だ」とうそぶく軍事マニアがいます。
暴力は確かに一手段には違いないかも知れませんが、
それを絶対に使わずに問題を解決するために言論があり、政治があり、法律があるのです。
役所、議会、そして法律は、せめて暴力団よりも安くて早くて頼りになる問題解決の手段を提供しないと。
言論と法律を道具とする政治家のひとりとして、切にそう思います。