大和言葉の世界観
2006年07月17日
月に一度の、大和言葉についての勉強会に参加。
その世界観は、非現実的な深みにはまって行ったかに見える西洋哲学を尻目に、
「世の中は虚無ではなく“有”の連続」「活動によって変化する現象世界こそが実在世界」など、
徹底的に前向きな現世肯定の思想から成り立っています。
私は、哲学とは人間が生き易くなるための道具だと考えています。
たとえ論理的に破綻のない哲学であっても、
観念世界に逃避したくなったり、自殺したくなったりするような哲学ではダメなんです。
以下、本日のメモです。
060717大和言葉と西洋哲学
1、カムナガラ
カムナカラ=神さながら、本源のあるがまま、大自然を素直にありのままに
「カ」は奥深く見えないさまを表す(陰、風、隠れる、殻、~か?)
「ミ」は中身がつまったさまを表す(実、身)
「カミ」は本質的な源を表す(カミのほう)
ベルグゾン「時間的空間の実在は生の力である」
ヘラクレイトス「万物は流転する」
「カムナガラ」=世界に存在する森羅万象のありのまま
「存在」=個性を持った活動体が一定の空間に位置しながら変化していくこと
「実在」=現象の背後にある不変の形而上学的存在(西洋哲学)
夢幻でない経験や真実、観念に対して現実の存在(国学)
「実存」=不安な現実の自己を見つめ、主体的な自由の確立を目指すのが実存哲学
虚無的厭世観が強かったために消極的な否定思想になった
2、有と無
日本の認識論は「有」を肯定する原理であり、「有」を否定するのは自己否定
自分を肯定し、祖先の存在を肯定し、国の縦糸を肯定する思想
相手を肯定し、相手の都合や利益も肯定する思想
絶対的な「無」は感覚することができず、意識にも上らないので存在が認められない
世の中に有るものが一時的に無いというような、相対的な「無」しか存在しない
「世界は有の連続である」という、非常に前向きな思想
国学の観門で、「きれいな花」というのが主観、「○○科の何色の花」というのが客観
「花はひとつひとつ違う」と見るのが表観、「花は全て同じ植物だ」と見るのが裏観
趙州「存在は仮の姿であり、その奥に不変の真実がある」
全ての存在と距離を置いて同じものととらえる裏観的客観
キルケゴール(実存哲学の草分け)「存在は特種であり、他は虚無にすぎない」
「自分は存在するが、他人とは異なる特殊な存在だ」とする表観的主観
どちらも不変の世界や無の世界から「有」が生まれた理由を説明できない
固体を有形とし、固体以外を無形とするが、本質的には粒子の配列が違うだけ
無形は有形の一時的な形でもあり、有形のものも刻々変化しながら無形に存在している
3、物質と精神
「万物は物質だ」とする唯物論と、「物質は精神の働きから現れたもの」とする唯心論
デカルトは「我思う、ゆえに我あり」で精神世界と物質世界の並立を主張した
ライプニッツは「物質も精神も単子(モナド)から出来ている」と二元調和を目指した
大和言葉ではモノ=微小なものが集まった存在
「モ」は集合や円満を表す(藻、桃、百、餅、望、諸)
「ノ」は二つの物事を結び合わせる接続詞
ひとつの物事の外側がモノであり、内側がココロであると見る
森羅万象には物質と精神の両面があり、片方を説明するだけでは実在とならない
草木にも土にもココロがあるとする思想であり、それをミタマ(御霊)と呼んだ
4、本体と現象
現象は変化するが、背後には不変の本体があると主張する世界観が実体論
プラトン「イデアが本質であり全ての現象の元」
仏教ではこれを因縁輪廻であると説明するが、現象の変化や因縁がなぜ生じるかは不明
国学では本体と現象が同時に存在し、それこそが実在であると見る
本体から現象が生じるのではなく、現象が本体に還るのでもない
現象世界と本質世界を別のものと考えると、そこには自殺や逃避しか生じない
活動によって変化する現象世界こそが実在世界であるという、徹底的な現世肯定の思想
5、平等と差別
プラトン「差別は平等の中にあり(平等を目指すと差別が生じる)」
国学の観門から言えば、裏観から現象を見たもの
アリストテレス「平等は差別の中にあり(差別することで平等が生じる)」
国学の観門から言えば、表観から本体を見たもの
平等を理想として皆に同じものを与えても、認識や嗜好が違うため平等にはならない
現象世界は差別世界であり、平等なものは何一つない
背後に平等な本体世界があると論じても、平等の実体は現実には表せない
6、観念と概念
観念は経験によって得たものから物事の本質を客観的に表現しようとしたもの
概念は観念から普遍的な性質をもつ内容を構成したもの
観念も概念も実在から離れた想像意識
観念と概念からなる現代科学は物質現象には通用するが、心も含めた生命現象には無力
カムナガラを探求するのが真、それを表現するのが美、これを行うのが善
存在と実在、有と無、物質と精神、本体と現象、平等と差別の実態は唯一不二
世の中は有の連続であり、物と心は同じものの外側と内側
現象と離れた本体が別に存在するわけではなく、現実に存在しない平等は実現できない
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コメント
- ZEN
2006年07月18日 22:06連日明けても暮れても農作物に、嬉しい雨の日が続いていますが、本日東灘で先生らしき人を見かけましたが、声をかける勇気がもてず残念です。
HPもリニューアルして、ますます拝見しやすく成りましたのでこれからの活躍楽しみにしてます。 - ヒデ
2006年07月25日 09:45暑中お見舞い申し上げます
リニューアルなどなど、ご苦労様です
大和言葉といえば「英語でよむ万葉集」という新書をちょうど読み終わりました
様々な人物が、見事に謳っている(心象)風景に圧倒されました
コトバの持つ不思議な力、見方にしたいものですね
水分補給忘れずに、がんばって下さい!!