審議会答申は、誰が作ったのか?
2006年05月01日
神戸市が産業廃棄物施設の許可ルール(産廃要綱)の議論を依頼した、環境保全審議会。
2002年9月2日の審議会では「4車線道路を挟んだ隣人の同意は不要」となっていた答申案に対し、
自民党の議員から猛反発があったため結論がまとまりませんでした。
そこで2002年9月27日に開かれた、答申案を修正するための専門部会。
情報公開請求をしていた議事録が手に入ったため、さっそく読んでみました。
すると、“同意をもらうべき隣人との間の道路幅”について大した議論もないままに、
「次回の審議会に出す原案は、委員長に任せよう」という結論で専門部会が終わっているではありませんか。
2002年10月25日の環境保全審議会には、最終答申(案)として
「幅4車線以内の道路を挟んだ隣人に同意をもらわなければ施設は許可されない」
という、9月2日の答申案とは正反対、村岡市議の意向に沿ったルールが提出されています。
その日の審議会はシャンシャンで終わり、最終答申(審議会の結論)がやっと承認されたのです。
最終答申(案)を実際に作ったのは委員長なのか?
それを村岡市議の意向に沿う形に変えたのは何故なのか?
9月27日から10月25日の間、審議会の事務局としての神戸市は、最終答申(案)にどう関わったのか?
・・・明日の委員会で詳しく質問してみたいところです。
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コメント
- 一市民
2006年05月02日 12:01徹底追及を期待しています。