上杉鷹山に学ぶ

2005年09月25日

ラッセホールにて、「上杉鷹山の藩政改革に学ぶ」と題した講演会。
講師の林英臣先生と、後半の1時間は対談をさせていただきました。
シナリオなしで次々と直球質問をぶつけられたその1時間は、
私にとって大いに刺激となり、自分の考えが整理されるきっかけともなりました。

それにしても今の神戸市は、まさに鷹山改革前夜の米沢藩。
この窮状を知ってなお、覚悟を決めて困難を引き受ける人間でありたいと思います。

以下、前半の講演メモです。

050925上杉鷹山の藩政改革に学ぶ、生き筋のつくり方

不満、日本を変えなければいけないというエネルギーが溜まっているかどうか
「どうしたら良いのか?」だけでなく、「誰がそれをやるのか?」が大切

かつて国の借金が70兆円だったころ、「このままでは100兆円を超える」という危機感があった
今や国の借金はその11倍の770兆円、地方の借金を合わせれば1000兆円を超える
今回の総選挙では「改革をしなければならない」という危機感が、自民党を大勝に導いた

上杉鷹山は上杉謙信の流れを組む大名で、米沢に養子に入った
改革で何より大事なのは、トップに就く人物
トップが本気にならないと改革は実らない
改革委員会をつくって丸投げするようなら、他人任せの改革になってしまう
上杉鷹山は襦袢をボロボロになるまで着倒して、自ら模範を示した

「生き筋」とは尾根伝いの細い道のようなもの、少しでも左右に足を踏み外せば谷底に落ちる
医療制度も、政治制度も、それに関わる人の既得権を守るための仕組みになってしまっている
改革に必要なのは哲学、「何のために」「誰のために」「なぜ」やるのか?
改革を始めるときに、最初に説得する相手は自分自身

上杉鷹山の「原点」

「受けつぎて国のつかさの身となれば 忘るまじきは民の父母」
藩主は民の父母として慈愛・愛情を持つべきだという信念
障害者への虐待禁止や、高齢者への生涯年金制度を、封建体制の江戸時代に創設した
上杉鷹山が養子に入った幸姫は心身障害者であったが、義理の父はそれを知らなかった
鷹山は「幸姫の障害のことは誰にも言わないように」と堅く言いつけ、文句も言わず養子に入った
幸姫の死後、形見の着物が子ども同然の小ささだったため、義父は幸姫の障害と鷹山の配慮に気付いた

伝国の辞
1、国家は先祖より子孫に伝わるものであり、藩主が私物化すべきものではない
2、人民は国家に属するものであり、藩主が私物化すべきものではない
3、国家と人民のために藩主がいるのであり、藩主のために国家と人民があるのではない
民主主義の現代では当たり前の考え方だが、封建体制の当時としては画期的

政治家も経営者も小粒になってしまったと言われる
本当は「リーダーとはこうあるべき」と教える指南役が小粒になっているのではないか?
リーダーに必要なのは「この方向で間違いないんだ」という確信
「確信」という種火が心の中にあるかどうかで、他人に火をつけられるかどうかが決まる
他人のせいにする「稚心」を捨て、自分の天命を悟り自覚を持つ

上杉鷹山の「大局」

米沢藩は関が原で相手方についたことで120万石から15万石に石高を減らされた
領民は重税にあえいで14万人から9万人にまで減った
米沢藩の現金収入が3万両に対して、藩が江戸の豪商に借りたお金は20万両
新しい鉄鍋の底に「上杉」と書いた紙を貼っておくと「金気が抜ける」と言われたほどの財政難
鷹山は江戸に左遷されていた有能な藩士を集め、改革の志を持ったチームを組織した
米沢藩の現状・改革の重責をすべて理解した上で、覚悟を持って米沢藩に入った

上杉鷹山の「本気」

藩主みずから生活費を7分の1にする倹約を貫き通し、目に見える形で模範を示した
新しく田んぼを作るときに、一鍬めは藩主が自ら握って、当時の固定観念を打ち破った
農業の大切さを身をもって示し、それ以降は藩士も率先して開墾作業を手伝うようになった
その他にも、漆・桑・楮を100万本植える計画を実行し、藩財政を支える新たな収入源とした

上杉鷹山の「徹底」

これらの改革を徹底するために、藩主みずからが藩士や領民に伏して頼み入った
改革に抵抗する7人の家老が鷹山の改革を全否定する書状を出した「七家騒動」
鷹山の質素倹約や領民と共に汗を流す姿を笑い、「養子には米沢藩の格式は分かるまい」と侮辱した内容
しかし鷹山はこれをただちに罰することはせず、書状の内容が真実かどうかを部下に調査させた
書状の内容が単なる言いがかりであることを確認した後、鷹山は即座に7人を厳罰に処した

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コメント

  1. 青い炎
    2005年09月26日 02:11

    今日はお疲れ様でした。面白かったです。
    機会があれば熱く語り合いましょう。飲みにいくのがベストなのですが、忙しいですかね。

    私のブログでも感想を書きましたのでトラックバックさせてもらいました。良かったらまたイベントに誘ってください。

  2. Asato
    2005年09月26日 09:32

    上杉鷹山ほどにはメジャーではありませんが、
    江戸末期の岡山で辣腕を振るった山田方谷もイカした改革者です。
    ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~m-510/

    つまるところ、改革が成るか成らないかは、改革者の「本気」に
    掛かっていると思うのです。






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